Blog:心を育てるたき火

皆さん、火は好きですか?たき火してますか?秋も深まり朝晩が冷え込む今日この頃、温かいたき火が恋しい季節となってまいりました。

私は無類のたき火好きで、キャンプなどではもちろん、西に大磯の左義長まつりがあれば忙しくても出かけて見に行き、東の神社にどんど焼きがあれば参加する、何もなければ焼却炉の火ですら見ていたい…といったありさまです。昨今のキャンプブームも手伝いyoutube上ではたき火の動画が増え、たき火の魅力が再確認されつつあります。どうしてこのようにたき火は人を魅了するのでしょうか。

火は神話の時代から文明の象徴として信仰の対象となり、生活では調理、合図、動力、暖を取る…など人々の生活を支えてきました。いわば「創造」の象徴です。この「火=ありがたいもの」といった感覚が、おそらく我々の遺伝子レベルに刻まれているのかもしれません。

またたき火の煙の流れ、炎の揺れには科学的にも「1/fのゆらぎ」効果があるとされています。この言葉はヒーリング音楽のジャンルで聞いたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。「1/fのゆらぎ」とは自然界に存在する、人の生体リズムと同じ波長で、この刺激が自律神経を整え、精神安定をはかり、活力を生むとされています。

またたき火を囲んでいると、他者とのコミュニケーションも促されます。同行の人と共にたき火を見つめていると、不思議と心が開き、自らをさらけ出せるものです。何も話さなくてもいいし、話したとしても相手はそれを受け止めても受け止めなくても良い、言葉はただ煙と共に夜空に広がり散っていく…という雰囲気が良いのです。

1人でのたき火もまたお勧めです。自ずと自分とのコミュニケーションが活発になります。これは「内省」ですね。静かに炎の動きを眺め、同時に自分の心の動きを見つめることは、とても素敵な時間です。

たき火の効用は他にもあります。たき火をすることによって、五感が刺激されることです。炎の不規則的な動き、そして瞬間瞬間で移り変わる色。薪が爆ぜるパチッとした音。薪の素材によって異なる独特のにおい。頬や手のひら、膝に感じるぬくもり。そして何より、たき火で作った料理のおいしさ。せせらぎの音や木々のざわめき、虫の声に、時間によって変わる風の動きと温度、湿った土と草木のにおい。たき火に伴うこうした様々な心地よい刺激にさらされることによって、思考と理性の世界から離れ、人は良質な「退行」が促されます。

「退行」とは精神分析における防衛機制の1つ、そして発達の分野で使われる言葉で、許容できず対処できないストレスにさらされると、無意識的に発達段階を戻る現象のこと、いわば「子ども返り」のことをいいます。心の不調と関係のある言葉ではありますが、「退行」は必ずしも悪いことばかりではありません。例えば皆さんが絵を描いたり音楽を聴いたり、歌ったり踊ったりする時は、実は「退行」をしているのです。遊ぶことによって心は「退行」し、そして明日への活力を生み出すのです。

先に火は役に立つもので、何かを生み出す「創造」の象徴と書きました。しかし一方で「破壊」の象徴でもあることにも触れておきます。火は力がありますから、多くの動物達を怯えさせ、追い払うことに成功してきました。そして様々な武器や兵器は火を生み出し、たくさんのものを焼き尽くし、滅ぼしてきました。これらの記憶やイメージも、もしかしたら私達の遺伝子に刻まれているかもしれません。人は自ら火を起こし、そのたき火を眺めることにより、「退行」して深い部分に眠っている「攻撃性」をも刺激しているように思います。「攻撃性」という言葉を聞くと少し身構えてしまうかもしれませんが、「退行」と同様に悪いことばかりではなく、スポーツや格闘技全般に必要なだけでなく、人の意欲や自己主張、安全確保の源であって、なくてはならない心の働きです。火を見ることによってスカッとするのは「攻撃性」の発散となりますでしょうし、またたき火で火という危ないものを上手に扱うことができた!という、コントロール感や万能感を得られるでしょう。

日々の仕事ややるべきことに忙殺され、思考と理性中心、合理と効率重視の直線的な世界に身を置き、無駄なことを削っていくと、お金はたくさん生まれるかもしれませんが、反比例して心はどんどんやせ細っていきます。コロナ禍では「不要不急」の言葉が使われるようになりましたが、人は本来「不要不急」を求める生き物なのかもしれません。もちろん「不要不急」のことをしないのは感染防止のため当然のことではありますが、「要」で「急」なことだけを選んで実行する毎日は、非常に味気なくなりますね。

余計なこと、無駄なことは心を育てます。子どもを見てみてください。どうしてそんなことをという余計なことばかりして、道を歩けば道端の花や虫に気を取られ、やるべきこと、目的地にはそれはもうたどり着きません。しかしそのような無駄な行為は五感を研ぎ澄まし、心を育む大切な過程です。

たき火こそ一見無駄なことではありますが、人の「退行」と「攻撃性」を良い方向に促し、人を癒し、活力を生むという大きな力があるように思います。たき火をするような場所が近くにない、技術がない、そもそも外出できない…という方は、ろうそくの火でも良いでしょう。火の元にはくれぐれも気をつけてくださいね。

ちなみに当カウンセリングルームも、たき火を囲んで語り合える施設にしたかったのですが、屋内でたき火をするには色々と問題があるようです。いつの日か当室が「汐入“たき火”カウンセリングルーム」になることを夢見て。(K)