突然ですが、皆さんは、合気道のことを知っていますか?合気道とは、植芝盛平先生により、確立された近代武道です。合気道には試合が無く、「強弱勝敗を論じない」、「愛と和合の武道」を掲げている少し変わった武道なのです。この武道を私は8年前に始めました。元々、剣豪 宮本武蔵を主人公にした漫画 『バガボンド』(井上雄彦 講談社)に出てくる味わいのある言葉や名言を言う老師や師匠に憧れがあり、合気道では、そうした老師の方に多く出会えるのではないかと期待して、近所の道場に入門をしました。
合気道の稽古は、“受け身を取る人”と“技をかける人”に分かれて、技の型を練習するというものです。まず、先生がお手本を見せてくれ、その後に受身を取り、その技をかけることを交互にこなし、次の技に移っていくという淡々としたものでした。 習い始めた当初は、技をかける番の時には「技を仕掛けよう」、「相手を倒そう」という気持ちが強く、そのために体が硬くなり、思ったように体が動きませんでした。その時に先生から、「相手と友達になる」、「相手を客人と思い、受け入れる」など名言が飛び出しました。願っていた名言を聞けたことに非常に感銘を受けたのですが、実際、どのようにしたら良いかはさっぱりわからず、試行錯誤をしながら、受身を取り、技を繰り出す日々が続いていきました。また、合気道では、技の稽古のほかにも、呼吸法を大事にしています。技の稽古の前にゆっくり呼吸をしながら、心身の状態を細かく観察していきます。その後、準備体操をして、体の強張りや調子が悪いところが無いか丹念に見ていくことを教わりました。
合気道の稽古を週に1回、2年、3年と続けているうちに以前よりも声が出せるようになり、肩こりや腰の痛みが少しずつ治まっていきました。体の緊張にも敏感になり、肩が強張っていることにすぐに気付き、呼吸をして整えられるように変わってきたのです。同時に以前の自分と比べて人と落ち着いて、話ができるようにも感じていました。合気道の効果だ。修行の成果が出ているとは思ったのですが、自分に起こった変化がどのようなものか、うまく言葉にできずにいました。
そんな中で、最近、『ポリヴェーガル理論入門』(ステファン. W.ポージェス著 花丘ちぐさ訳 春秋社)という本を読みました。ざっくり言うと、ポリヴェーガル理論とは、人間の興奮や鎮静、緊張や弛緩等の副交感神経にまつわる理論で、周りに危機や危険が迫った際に多くの動物は、その場でフリーズしたり、戦う・逃げるなどの危機に対する反応をします。その中で、人間も含まれる哺乳類は、危機が迫った際に戦う・逃げる、フリーズするといった対処に加えて、他の個体と協力したり、交流することで不安を軽減し、危機に対処していきます。社会的な動物である哺乳類は、他の個体とじゃれたり、遊ぶ、そうした交流を通して、副交感神経が活発になり、心身の健康度を高め、ストレスを感じてもすぐに回復していけるといった内容でした。
この理論を読んでいるうちに私は合気道の先生や先輩から言われた名言を思い出していたのです。相手を敵だと思う、出会うものを敵と考えると、戦う・逃げるといった防衛反応が出てきます。稽古を始めた当初の私は、稽古で打ちかかってくる相手を無意識に“敵”と認定し、その結果、防衛的になり、身体が緊張し思ったように動けずにいたのだと思います。
合気道の教えにあった相手が打ちかかってくるという状況下であっても、“相手と友達になる”、相手を客人として迎える“といったイメージを持ちながら稽古することは、他者との交流において生じる、“危険だ”、“脅威”と感じる身体の状態から、徐々に相手と交流をしながら、交流によって心身の健康を高めていく身体の状態に変化していく稽古だったのではないかと思うと自分の身体の変化に説明がつくと感じました。そして、技の前にやっていた呼吸は、まず、他者と交流をする準備として、自分の心身の状態を安定させる、リラックスさせるといった自己調整の意味があったのではないかと思いました。つまり、合気道は、自分で自分の心身をコントロールする自己調整と、相手との交流を通して感情のコントロールをする協働調整を目的とした神経エクササイズだったのです!きっと、武道の達人たちは、生死をかけた決闘の場面で、相手を敵とは思わず、遊び相手として捉え、決闘を創意工夫に満ちた遊びとして認識していたのだと妄想しました。
このままだと合気道の紹介で終わってしまいます。私は、カウンセリングを仕事としていますので、カウンセリングとの関連も話したいと思います。カウンセリングにおいても合気道の稽古と通じるようなことが起こっていると個人的に思っています。カウンセリングにいらっしゃる方は、傷ついた体験や、大切な人や物を亡くした等、様々な悩みや辛さ、不安を抱えていると思います。こうした状況では、身体が防衛的になり、周囲の人を敵のように感じたり、些細な刺激にも敏感になる身体の状態にあっても不思議ではありません。こうした状態が長引くと、身体にも色々な不調が出るようになるかもしれません。
カウンセリングでは、安全が保たれた環境の中で、相談者の抱えている不安や苦しい気持ちや体験をカウンセラーが分かち合い、共有していきます。こうした交流を続けていくと、身体が本来持っている副交感神経の回路が活発になり、不安や恐怖にまつわる興奮が鎮まり、その人が本来持っていた健康さを取り戻し、回復していくのでしょう。日常生活でも、以前は、“敵”のように怖い、恐怖、脅威だと思っていたことが薄れていき、他の人の手を借りやすくなったり、新たなチャレンジをしようと思う気持ちが自然に湧いてくるようになると思います。
カウンセリングの効果はゆっくりですが、確実に身体に残り、長く作用すると思います。いらっしゃる方にとって、カウンセリングという場が、安心して、自分の体験を話すことが出来て、抱えていた不安が鎮まっていく場になることを目指しながら、合気道の稽古と日々のカウンセリングに向き合っていきたいと思います。(H)