Blog:アニメ「宇宙(そら)よりも遠い場所」にみられる喪の作業について

南極砕氷艦しらせが母港であるこの横須賀港に停泊しているとの情報を得て、先日炎天下の中、汐入のヴェルニー公園まで喜び勇んで観に行きました。真夏の真っ青な空とその雄大なオレンジ色とのコントラストの美しさに目を奪われながら、一方では夢中になって見ていたあるアニメのことを思い出していたのです。

それは2018年に放映された「宇宙(そら)よりも遠い場所」というアニメで、現役女子高生4人が南極を目指すという、突拍子もない物語です。

※ これより先はアニメ本編の内容に触れる箇所があります

主人公キマリは何の取り柄もない明るい子で、この平凡な毎日から、どこでもいいから飛び出したいと思っている、天然キャラの子。 

2人目報瀬は、南極観測隊であった母が南極で行方不明となっており、その遺品探しを目的に強く南極行きを目指している、不器用で人見知りの「残念美人」。 

3人目日向は、友人トラブルから高校を退学したのち、バイトをしながら高卒認定資格を取っている、明るくしっかりした格言好きの子。 

最後の結月は、幼い頃からタレント活動をしていたため友達がおらず、それをコンプレックスとしている子。 

このアニメに夢中になったのは、彼らの「喪の作業」に心を強く打たれたからでした。 

心理学には精神分析家であるフロイトが提唱し、数々の心理学者が発展させた「喪の作業」、「喪の仕事」(mourning work)という言葉があります。これは喪失体験を悲しみつつ受け入れ、立ち直る過程を指すのですが、その喪失体験とは必ずしも愛着対象を亡くす、愛着対象と別れることだけではなく、住み慣れた環境を離れることであったり、健康な体の衰え、仕事のキャリアを失うことであったりと様々です。 

このアニメの女子高生達は表面上は明るく前向きに見えながらも、それぞれが大切なものを失っています。それは母親であったり、友達と過ごす日常と未来であったりです。明るく笑って楽しそうにやり過ごすことで彼らは傷ついていることを否認したり、一方では悲しみを南極行きを目指してがむしゃらに働くこと、そして自分をバカにしてきた人たちを見返すといったことなどに置き換えています。 

しかし極寒の地である南極を舞台に移すと、次第に彼らはそれぞれの傷つきに触れざるをえず、怒り、泣き、そして最終的には乗り越えていくのです。 

特に母親を失ったことを受け入れるまでの報瀬の喪の作業は、この物語のクライマックスであり、涙が止まりませんでした。 

こうした喪の作業は通常かなりの時間がかかるもので、最初は忘れよう、認めまいとするものですが、行きつ戻りつしてもがきながら悲しい事実を受け入れていく作業は、とても心に負担がかかり苦しいものです。そのような時に支えになるのが、いつもそばにいて変わらない温かな他者の存在と、心の内をさらけだしても良いと思える安心、安全な環境です。 

彼らのそれそれの喪の作業を支えたのは4人の友情と絆とに他ならないですし、彼らが心の内をそっと見せることができたのも、もしかしたら南極という閉鎖的で非日常的な空間であることが手伝ったのだろうと思います。旅から帰国した彼らはそれぞれの日常に戻るのですが、普段の景色がまったく違う色合いに見えていたに違いありません。 

カウンセリングルームは、大切なものを失った傷つきや悲しみを抱えている方が多く訪れる場所です。カウンセリングという非日常の心の旅に出ようと決めた方たちは、もうすでに喪の作業が始まっているのでしょう。大変勇気の要ることです。 

我々カウンセラーはそうした方たちのそばに寄り添い、見守り、変わらないでいることで、出来る限りの心の旅のお手伝いをしたいと思います。 

傷つきと悲しみを自らの一部としてなじませ、抱えていくことができるようになったあとの日常世界は、しっかりと鮮やかで、かつ穏やかなものになっていることを願うばかりです。 

(K) 

出展:テレビアニメ「宇宙よりも遠い場所」公式サイト http://yorimoi.com/